横内 岸谷さんという方は、そういうテンションの高い貴方と一晩にして意気投合するような熱い方なんだ。
寺脇 そうですね。
横内 僕が岸谷さんを初めて見たのは『月はどっちだ』という作品で、いい俳優が出て来たなと思って見ていたんだ。その人と、まさか寺脇さんがコンビを組まれていたとは知らなかった。つぎの公演はいつごろですか?
寺脇 6月に、『星の大地に降る涙』という演目になります。『地球ゴージャス』になってからは十作目になりますね。1年に一回公演がなかなか難しくて、ようやく十作品です。
横内 ということは、あなたが三十代のころからずっとやってきているわけだよねえ。
寺脇 始めたのが1994年、阪神淡路大震災の年でしたから、14年ですねえ。SETに在籍して10年経ったころ、五朗と二人で、「ちょっと考える時期にきたな」という話をしたんですね。もちろん、このままSETに居続けることもできる。三宅さんのことは尊敬している。でも、ここで目に見えない男の年表があるとしたら、やっぱりぬるま湯の中でやっていたイメージはないか? だったら、ここですべて捨てて、俺ら二人でゼロから始めるのはどうか。良いときも悪いときもゼロから100まで責任を自分で負えるようなことをやる年にきたのではないのか、と。いく晩か飲みながら話をした中で、「(SETを)出よう」と決心しました。
そして、三宅さんには「本当に申し訳ないんですけれども、10年育てもらいましたが、男として裸一貫になりたい。もちろんSETでやっていた笑い、踊り、アクション、全部含めて肯定していきますので、暖簾分けをさせてください」と申し出たんです。
横内 造反ではない、暖簾分けね。
寺脇 はい。それで三宅さんが本当に良い方で、「ちょっと待て! 俺たちが辞めるから、おまえらがSETを継いでくれ」って言うんです。
横内 エ~ッ!! それはすごい。
寺脇 そこまで言ってくださったんですけど、三宅さんが作り上げたものを僕らがいただくわけにはいかないでしょう。何回か飲みながら話し合いをした中で、最後には「わかった。俺も前にいた団体を辞めてSETを作った人間だからわかる。わかった、頑張れ!」と背中を押してくれました
横内 『地球ゴージャス』ですか、観客の動員数はものすごいし、たくさんすばらしいゲストの方たちは出ているし、その成功を自分で分析してどう思います?
寺脇 一つには、劇団を辞めた理由にもつながるんですが、本来、芝居というのはもっと自由なものであるべき、という考えの中で作ってきたからだと思うんですよ。ファンの人たちが待っているから年に何回公演をしなきゃいけない、早めに劇場を押さえなければいけない、キャストを大体まんべんなく振り分けなきゃいけない、いろいろな義務が生まれてくるんです。それで、とにかく『地球ゴージャス』は俺と岸谷、二人だけでいい。そして、何を、どんな芝居をしたいのか、によって人を集めればいいんじゃないの? ということから始まりました。芝居の中にアメリカ人が必要だったら、アメリカ人を呼べばいいじゃん! みたいなね。だから、今回十作目ですけど、そんなに頻繁にやっていないのは、「どういう芝居にしようか」となってから、「じゃあ、この役は誰に頼もうか」「この芝居だったらどこの劇場を取ろうか」という本来の順番を守り始めたところ、そんなに急には劇場も空いてないですからね。
横内 ただ、役に合った人を選んだとして、ダンスはいい、歌はいい、けどアクションはムリな方もいるでしょう。あなたたちのステージはかなりハードなものだと思うんだけど、それに対応する体力、技術、もろもろいろんなことをクリアできる俳優さんじゃないと成立しないわけでしょう?
寺脇 それはそのときのケース・バイ・ケースですよ。役のイメージに合う人れあれば、苦手な部分を無理強いしてやっていただかなくても大丈夫。みんながみんな、何でもできなくてもいいんです。たとえば、亡くなった本田美奈子.さんなんかも、最後に歌うのはやっぱり美奈子さんだ!ということでやっていただきましたけど、彼女はべつにアクションをやっている方ではなかったですからね。とにかく、美奈子さんの存在と歌を届ける、第一に優先すべきこと何か、です。
撮影/桑原 靖 (対談&ミュージカル『マルグリット』)
