横内 ところで、今日対談でぜひうかがいたいと思ってきたんだが、寺脇さんはどういう経緯で俳優になられたの? 幼少時代から役者を目指していたのかな。
寺脇 潜在的にはあったのかもしれません。でも、「役者になりたい」と口に出して言ったことはなかったですね。ただ、そういう方面に興味を持っていたし、人前で何かをして笑わせたりするのが好きでしたから(笑)。
横内 今もよく笑わせてくれるものね。
寺脇 アハハ、ちょっと調子に乗っちゃうところもありますけどね(笑)。基本、楽しいことが好きなので、どれだけ多く笑わせられるかな、とか思ってしまうんです。
そうですね、いつごろから役者を目指そうと思ったか――。きっと、高校を卒業してアルバイトを始めたころでしょうね。初めてもらった1ヶ月分のバイト代入った袋を手にして、ふと思ったんです。「俺、これから何をしてお金を稼いでいくんだろう?」。たぶんその年齢まで潜在的に思っていたものが、突然、現実味を帯びてドッとあふれてきたんですよ。自分は手に職もない、学歴もない、就職できるかどうかもわからない。「だったら自分は何をするんだ?」と、ほんの何十秒か短い時間考えて、瞬間に出てきたのが「芸能の仕事をやりたい」という気持ちでした。衝撃的に「これだ!」と思ったんでしょうね。
横内 ほぉ、ちなみにどんなアルバイトしていたの?
寺脇 お惣菜屋さんです(笑)。デパートの地下の食品売り場でおにぎりやお弁当とか売っていました。そのあと、上京して俳優を目指して勉強をしていたときもスーパーで働いていましたね。野菜部で野菜をパッキングしたりレジ打ちをしたりしながら、週一で俳優の養成学校に通っていました。
横内 役者になろうと思ってすぐに上京されたの?
寺脇 いえ、住まいが岐阜だったですけど、名古屋の俳優養養成所に入りましてね、で、半年後、東京の本校に来ないかと勧められたのをきっかけに上京。バイトをしながら俳優の勉強を続けました。
でも、「このままの生活じゃいつまで経っても役者としてどうにもならない」と思い始めて、きちんとした劇団に入って力をつけようと思ったんです。もちろん映像には出たい。けれども、そんな簡単なことではないだろう、と。それで、俳優座とかいろいろな劇団を見て、そこに一つに三宅裕二さんの『SET』があった。またそこで衝撃を受けて、「ここだ!」と直感的に思ったんですよ(笑)。自分は笑いも好きだし「ここだったら俺、自分でも楽しめるぞ!」って。
横内 正直、寺脇さんのイメージからいくと、三宅さんの“笑い”の部分との接点がちょっと思いつかない。でも、寺脇さんの中にはそういうものがあったんだね。
寺脇 そうですねぇ。例えば僕は、松田優作さんが好きで、あの方の、カッコいいけどどこかギャグ的なものを持っていらっしゃるところに憧れていました。真面目な作品はもちろん真面目なんですけど、『探偵物語』に見られるようなちょっとおふざけな部分があって、それがとってもセンスがいいんですよね。そういうものを僕はやりたかった。
横内さんがおっしゃるように、たしかに、自分でもコメデイをやっていく気はなかったんですけど、SETの劇を見ていて「アハハ」って声を出した自分に「アレッ?」ってビックリしちゃったんです。それまで、何かを見て声を出して笑ったことがなかったですから。それで、「この人たちはすごい! ここに入りたい!」と思ったわけなんですよね。さっそくオーディションを受けまして、当時400人ぐらい受けていたんですけど、その中の10何人に残ったんです。
横内 そんなに大勢受けた人がいたんですか? 三宅さんのところは当時から人気劇団だったんだなぁ。
寺脇 これから出始める、というところでした。三宅さんがラジオを始めて、テレビのレギュラーも始めた時期だったんで。
横内 僕は、何かの公開バラエティ番組というか、劇場ドラマみたいなやつで三宅さんと一回だけ共演したことがあるんだよ。やっていて、面白い人だなあと感じたことがあったねぇ。そこには何年間ぐらい在籍したの?
寺脇 十年ぐらい。
横内 そんなに?
寺脇 はい。まずは劇団で踊りやアクション、アクロバットを習得してからじゃないと、映像には出られないと固く信じていましたから。
横内 へえ~。
寺脇 だから、映像でうんぬんということよりも、まずこの劇団のいい役を取ることを第一目標に定めたところ、4、5年で主役をやれるようになりました。まあ、10年間、SETでしっかりと力をつけさせていただこう、と。その間、SETの舞台をやりながら三宅さんの番組にちょこっと出させていただくようになって、29歳で初めて連続ドラマのレギュラーを取れたという感じですね。それまでは、舞台だけみたいなものでしたよ。
撮影/桑原 靖
