横内 『地球ゴージャス』の舞台、ぜひ拝見したいと思いますけど、『地球ゴージャス』というユニット名はどういうことからついたの?
寺脇 さっきも言いましたが、1994年、自分たちでユニットを作り、その名前を何にしようかと考えていたとき、あの阪神・淡路大地震があったんですね。そのとき、一度僕らはすごく落ち込みました。寝る場所がない、食べるものがない 、風呂も入れないという人たちに対して、「僕らがやっていることって一番必要ないんじゃない?」と。
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横内 岸谷さんという方は、そういうテンションの高い貴方と一晩にして意気投合するような熱い方なんだ。
寺脇 そうですね。
横内 僕が岸谷さんを初めて見たのは『月はどっちだ』という作品で、いい俳優が出て来たなと思って見ていたんだ。その人と、まさか寺脇さんがコンビを組まれていたとは知らなかった。つぎの公演はいつごろですか?
寺脇 6月に、『星の大地に降る涙』という演目になります。『地球ゴージャス』になってからは十作目になりますね。1年に一回公演がなかなか難しくて、ようやく十作品です。
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横内 僕が寺脇さんと初めて会ったのが、YBSの木下恵介劇場。あのときに寺脇さんは、僕の目線から見たらすっごくすがすがしい、青年のような印象だったなぁ。いまももちろんそうだけど、あのころは、もっともっとそういう感じがした。あのときでお幾つだったの?
寺脇 あれは、31か32歳。
横内 そうなんだ。あのころから、コミカルな中にもピリッとした独特な芸風というか、お芝居をやっていらしたね。そして、適当にこうエッチなのね(笑)。ヒロインにこうちょっかい出して、「やべえぞ、このままだと寺脇さんに取られちゃうんじゃないか」みたいな感じの独特なキャラクターをやられていた。
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横内 ところで、今日対談でぜひうかがいたいと思ってきたんだが、寺脇さんはどういう経緯で俳優になられたの? 幼少時代から役者を目指していたのかな。
寺脇 潜在的にはあったのかもしれません。でも、「役者になりたい」と口に出して言ったことはなかったですね。ただ、そういう方面に興味を持っていたし、人前で何かをして笑わせたりするのが好きでしたから(笑)。
横内 今もよく笑わせてくれるものね。
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横内 でも、それが10年8ヵ月も司会を務められて、番組はその後も続いているのだから凄い長寿番組ですよ。
寺脇 いや~スタート当初は数字が伸びなかったんですよ。それが、半年経ったころですね、夏休みの最後の週にいきなり視聴率が上がった。おそらく、夏休みの終わりで、家族がみんな家にいてテレビを見ていたとか、たまたま条件が揃ったんだと思うんですけど、それからどんどん数字が伸びました。そうなって初めて「やっぱり僕が番組づくりでこだわってきたことは間違ってなかった」と思いましたよ。
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ヨコ様の本誌連動対談企画第3弾は、現在、ミュージカル『マルグリット』で共演中の寺脇康文さんです!
横内 寺脇さんの『王様のブランチ』を僕はずいぶん拝見していたんですよ。司会は何年ぐらいやっていたの?
寺脇 10年8ヵ月ですね。でも、最初オファーがきたときは「ほかの方と間違えてない?」と言ったぐらい(笑)。正直、(オファーを)受けるかどうか悩んだんですよ。それで「どうして僕を司会に起用するのか?」と聞いてみたところ、TBSのプロデューサーがたまたま僕と岸谷吾朗がレギュラーをやっていたラジオ番組を聞いて、「役者だけど面白い、絶対にできる」と思ってくださったらしいです。
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『マルグリット』赤坂ACTシアターでの公演も無事終えて、今は大阪梅田芸術劇での公演の最中。この“梅芸”は、最初『劇場飛天』の名称で商業演劇の殿堂として15年前の1993年1月に杮(こけら)落し公演に出演して以降、劇場名は『梅田コマ劇場』に改名の後今回は“梅芸”になってから初の出演。
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