「今の時代の息吹を吹き込むことで
本当の意味で名曲を歌い継いでいきたい」
徳永英明が女性アーティストの名曲をカバーした大ヒットシリーズ『VOCALIST』。その最新作であり、最終章となる3作目に先がけ、シングル『恋に落ちて』をリリースすると知らされたときに、ぜひとも本人に話そう、伝えよう、と思っていたことがある。作詞家・湯川れい子さんがこっそり教えてくれた、次のような『恋に落ちて』の誕生秘話だ。
「当時、書いても書いてもダメ出しされたの、『金曜日の妻たちへ』のプロデューサーから。作詞の締切りも近づいているし、どうしていいかわからなくて、逃げるように軽井沢の別荘に缶詰め状態で入ったんですよ。で、締切り当日の明け方に、ようやく詞が完成してファックスを送ったら、やっとOKが出てね。ホッとして朝刊のトップニュースが見たら、電話がダイヤル式からプッシュホン式に切り替わることを伝えていたんです。
なんという運命の皮肉だと愕然としましたよ。せっかく"ダイヤル、回して 手を止めた〟と言葉を紡げたのに、これでは詞が色褪せてしまうと焦りましたね。
でも、小林明子さんが詞の想いを昇華してくれれば、そして、誰かが歌い継いでくれたなら、この作品はきっと、永遠になるはずだとも願いましたね」
ソファに深く腰かけ、このエピソードを何度もうなずきながら聞いていた徳永は、彼女の言葉を引き継ぐように語り始めた。
「日本では歌い継ぐ、継承するという意識が薄いように思うんですよ。海外では、過去のスタンダードを多くのアーティストたちがリスペクトを抱きながら、新しい命を吹き込んでいますが、日本はなぜか懐メロというカテゴリーで終わらせてしまう。それが、とても残念でしたよね。
僕も本音をいえば、『VOCALIST』の1作目を製作しているときにシンガー・ソングライターとしての葛藤が若干、あったんです。少しだけほかの楽曲をカバーすることに抵抗感がありました。でも、アルバムを作り上げ、多くの方々から支持をいただいたときに、みんな名曲が懐メロではなく、きちんと継承されていくことを強く望んでいるんだと感じたわけです。と同時に、その曲と真摯に向き合い、自分なりに今の時代の呼吸音のような新しい息吹を刻むことが、本当の意味での継承に繋がっていくことも学びましたね。だからこそ、どのカバー曲も全力で作り、歌わせていただきました」
その学んだことを今度は、自分のオリジナル作品にも反映させていく、と?
「ええ、もちろんです。ここからまた、新しく自分の作品の製作が始まっていくのですが、この『VOCALIST』シリーズの3部作を通して、吸収できたことは大きいですから。
たとえば、名曲を歌うことで作品自体のクオリティの高さに自分も引っ張られるんですよ。で、そこで見えた新しい風景や空気感が必ずや自分のオリジナリティに新鮮で斬新な刺激を与えてくれるはず。そこから何が生み出されるか、自分でも楽しみにしているんです」
オリジナルも期待大なんですけど、これから徳永さんのカバー曲を聴き続けていきたいなあ。
「まあ、カバー作品を中心とした『VOCALIST』シリーズは、今後もライフワークとして取り組んでいこうとは思ってます。ただ、女性アーティストのJポップは、この3作目で最終章ということで。次に、どういうジャンルのカバー作品を歌うかは、実はすでに僕の胸の内に密かにあるんですよ。水面下では動き始めていますが、まだまだ秘密ですね(笑)」
徳永英明は、カバー作品とオリジナル作品を交互に回遊することで、さらに自分を高めることに成功し、常に”永遠”を生み落とすことのできる希有なボーカリストになったのだ。
[本誌2317号転載]
『VOCALIST 3』
『VOCALIST 3』アルバム収録楽曲
M-1 恋におちて (作詞:湯川れい子 作曲:小林明子)
M-2 PRIDE (作詞・作曲:布袋寅泰)
M-3 桃色吐息 (作詞:康 珍化 作曲:佐藤 隆)
M-4 わかれうた (作詞・作曲:中島みゆき)
M-5 やさしいキスをして (作詩:吉田美和 作曲:中村正人)
M-6 Time goes by (作詞・作曲:五十嵐 充)
M-7 たそがれマイ・ラブ (作詞:阿久 悠 作曲:筒美京平)
M-8 元気を出して(作詞・作曲:竹内まりや)
M-9 ENDLESS STORY (作詞・作曲:Dawn Ann Thomas 日本詞訳:ats-)
M-10 まちぶせ (作詞・作曲:荒井由実) 元気を出して
M-11 月のしずく (作詞:Satomi 作曲:松本良喜)
M-12 迷い道 (作詞・作曲:渡辺真知子)
M-13 CAN YOU CELEBRATE? (作詞・作曲:小室哲哉)
*初回限定盤B(UMCK-9186)のみ、ボーナストラック
「喝采」 (作詞:吉田 旺 作曲:中村泰士)

