一緒に行こうと約束をしていた友だちが、どうしても断れない用事ができたと連絡してきたのはだいぶ前のことだったのに、私は余った1枚のチケットをどうするかを決めずにいた。気づけば公演まであと1週間を切っていて、あわててGを誘うことにした。メールをする前に、もしかしたら彼の趣味ではないかもしれないと考えないでもなかったが、そもそも私は彼のことをほとんど知らなかった。映画は何を見るのか。音楽は? 本は? ただ、彼はジャンルに限らず誘いに乗ってくるだろうという確信があった。
内容もよく知らせていないのに、Gからの返信は案の定〈もちろん行きます〉だった。劇場の近くで待ち合わせをする。携帯電話を取り出して〈着いたよ〉というメールを送信したのと、後ろから肩を叩かれたのは同時だった。ポロシャツにジーンズという服装が見慣れない。会うのは平日と決まっていたから、会社帰りの彼はいつもスーツだった。決してセンスがいいわけでもなく、むしろ無頓着な印象に私はなぜか安心する。誰かと並んで何かを見るというのもずいぶんひさしぶりだった。私は映画も、美術館もひとりで行くことが多い。淋しいと思ったことはなく、むしろその気楽さを享受していた私だから、隣に人がいるというだけで妙に照れくさい。誘い出した手前、彼がこの時間を楽しんでくれているか気になって、客席の暗がりのなかでGの横顔を何度か盗み見た。視線に気付いてGが首を軽くひねり、互いの視線が軽くぶつかる。なんだか恥ずかしくなった私は、薄く笑ってその場をごまかしてから、舞台に向き直った。
劇場の外に出るともうすっかり夜で、ジャケットの前をかき合わせて肌寒さをやり過ごす。肘から下に立った鳥肌が、なかなか治まらなかった。携帯電話に目を落としていたGが「●●さんが飲もうっていっているけど、どうする?」と訊ねてきた。Gの前職での先輩にあたる人で、私もかつて一緒に仕事をしたことがある。楽しい酒を飲む人なので、私も異論はない。先に店で待っていると、その人は30分ほどしてから現れた。座るなりビールを注文し、おしぼりで手を吹きながら「で、ふたりはいつから付き合い始めたの?」と訊いてくる。私とGは思わず顔を見合わせた。その人なりの冗談なんだと気づくまでに、不自然な数秒が過ぎた。「そんなこと言うとyu*eちゃんの彼氏に悪いじゃないですか」とGがいい、私も調子を合せて笑うが、同じようにGの彼女をここに持ち出すことはできなかった。Gは恋人のことをほとんど話題にしない。だから彼の交際がどんなものかは知らないが、同棲とか結婚とか、何かしらの決定的な局面を迎えていなければいいと、私はいつも心のどこかで思っている。今の均衡を崩してほしくなかった。「そうなの? つきあっちゃえばいいのに」と彼の冗談はまだ続くが、Gがそれを制して3人でグラスを合わせた。